あゆみ
| 昭和29年 |
○新村誕生 明治22年町村制施行以来続いた北山村・大塩村・桧原村は3月30日をもってその名が消え、翌31日北塩原村として新発足した。旧村を惜しみつつ新しい村の門出を祝福し、その進展を心から期待しながら廃庁式と開庁式が行われた。 ○初代村長に加勢粂治氏 北塩原村の発足による初の村長選挙は5月4日に行われたが加勢粂治氏が当選し、初代村長に就任した。 ○初の村議会 北塩原村の発足による初の村議会は、合併特例により任期が延長された22名の議員により4月5日開催された。 ○大塩~桧原間道路開通 地域住民の長年の念願であった大塩と桧原間を結ぶ道路(現在の村道大塩細野線と主要地方道会津若松裏磐梯線の細野~桧原間)が林道として開さくされ、8年の歳月のすえ本年開通した。 |
| 昭和30年 |
○村議会議員選挙 議員定数を22人より16人に減少して初の選挙が3月28日に執行された。 ○喜多方~細野間定期バス運行開始 ○桧原中学校裏磐梯分校新築-曽原・小野川・雄子沢分校統合 |
| 昭和31年 |
○新しくなった教育委員会制度-公選制廃止 ○北山薬師祭礼県下準十大祭礼に選ばれる。 |
| 昭和32年 |
○大竹作摩氏藍綬褒章受賞(11月13日) ○桧原小学校小野川・雄子沢両分校改築 ○農業委員会統合(6月28日) ○雄国沼湿原群落天然記念物に指定 ニッコウキスゲ・コバイケイソウ・水芭蕉等300余種の高山植物が群生する雄国沼湿原地帯約180haが文化財保護法により、10月30日天然記念物に指定された。 |
| 昭和33年 |
○第2代村長に小椋美登利氏(4月27日) ○台風22号風速40mで桧原地区を直撃(9月26日) ○滝の原分校廃止-季節分校となる。 ○雄子沢・細野集落に電話開通 ○第7回全国へき地研究大会 桧原・裏磐梯で開催(10月8日~11日) |
| 昭和34年 |
○村議会議員選挙(3月29日) ○裏磐梯小学校及び裏磐梯中学校創立-分校から独立校へ |
| 昭和35年 |
○大竹作摩氏衆議院議員に当選(11月20日) ○大塩中学校増築 ○行政機構の改革 多様化する行政需要に対処すべく、従来の1人1係制を廃し6月1日付で機構改革を実施。4課1室の新体制となった。 |
| 昭和36年 |
○天皇皇后両陛下行幸啓(9月7日) ○桧原湖で遭難-越冬物資運搬船沈没 12月18日午後5時頃桧原湖ホテル桟橋から雄子沢集落へ向け越冬物資を運搬中の和舟が浸水し沈没、乗船していた雄子沢集落の6名の方々全員が痛ましくも溺死した。 ○北山中学校増築 ○拠出制国民年金発足 ○県道米沢~猪苗代線開通 |
| 昭和37年 |
○第3代村長に武藤正雄氏(4月29日) ○桧原小学校改築並びにへきち集会室新築 ○広域化進む農業協同組合-大塩地区(昭和37年)桧原地区(昭和42年)が加入 |
| 昭和38年 |
○村議会議員選挙(4月30日) ○早稲沢分校改築及び裏磐梯中学校増築 ○大塩スキー場開設 ○村営放牧場(大塩桜峠)建設着手(翌昭和39年完成) |
| 昭和39年 |
○国民休暇村「桧原荘」オープン ○磐梯高原「夏季学生村」開設 ○桧原湖桟橋建設 ○北山児童館開設 |
| 昭和40年 |
○県知事木村守江氏雄国沼を視察(6月26日) ○異常気象による水稲不稔実障害発生 ○裏磐梯観光会館新築 ○雄国沼休憩舎新築 ○農薬の空中散布始まる ○裏磐梯小学校へき地集会室新築 ○大竹作摩氏勲3等旭日綬章受賞(4月29日) |
| 昭和41年 |
○村長に武藤正雄氏再選 ○台風26号猛威をふるう(9月25日) ○桧原小学校金山分校焼失(4月26日) |
| 昭和42年 |
○大塩大火
異常乾燥注意報が出されていた5月26日午後1時20分頃出火、折からの強い南々東の風が吹いていたのと、各農家が田植えで留守にしていたところが多く、さらに水の便が悪いなどの悪条件が重なって2時間余の猛火のため温泉旅館4軒、北塩原郵便局を含む民家40世帯、住職のいないお寺など住家、非住家99棟8,491㎡を全焼245人が焼け出された。
火勢は〝フェーン現象〟をおこし、沢ぞいの集落は火のトンネルと化し、野良からかけつけた人々は激しい火勢に道をはばまれ、また、消化にかけつけた消防車も現場に近寄れず、飛び火を防ぐ放水をするのが精いっぱいであった。午後9時40分頃ようやく鎮火した。 ○村議会議員選挙(4月28日) ○小野川農業構造改善事業着手 ○蛇平村営住宅建築 ○冬の風物詩〝穴釣り〟始まる ○大塩児童館開設 |
| 昭和43年 |
○第10回国立公園大会裏磐梯で開催-皇太子・同妃殿下をお迎えして ○学校給食センター建築 ○金山の金山跡発掘 西暦1605年に発見され、約60年間にわたり発掘された会津藩の隠し金山と言い伝えられている旧桧原金山の一部、大直航が芥川良雄氏、金山集落の方々の協力により元の状態で発掘された。 ○大塩小学校の滝の原季節分校改築 |
| 昭和44年 |
○学校プール建築事業着手-3ケ年計画で北山・大塩・裏磐梯小学校に ○桧原出張所新築 |
| 昭和45年 |
○天皇・皇后両陛下行幸啓-第21回全国植樹祭(5月19日) ○第5代村長に鈴木格氏(4月12日) ○喜多方地方広域市町村圏スタート ○有料道路〝ゴールドライン〟開通 ○鷹の巣山林道開通 ○県営桧原開拓パイロット事業竣工-高原野菜主産地形成へ ○磐梯朝日国立公園指定20周年記念式典 昭和25年に磐梯高原が国立公園の指定を受けてから20年、これを記念して7月25日猪苗代町と共催で式典が行われた。席上、裏磐梯開発の先駆者である田島慶三氏に感謝状が授与された。 ○米の生産調整始まる ○裏磐梯児童館開設 |
| 昭和46年 |
○県政懇談会大塩で開催(9月16日) ○村議会議員選挙(4月25日) ○過疎地域に指定 昭和45年4月24日法律第31号として「過疎地域対策緊急措置法」が分布され、本村は昭和46年4月30日に指定を受けた。 又、10月2日には特別豪雪地帯、翌昭和47年2月3日には振興山村の指定を受け、これ以降普通建設事業が大幅に増加した。 ○栄誉に輝く小野川協業組合-農林大臣賞、日本農林漁業振興会長賞受賞 ○野菜指定産地近代化事業着手-桧原高原大根、北山夏秋きゅうり ○常備消防裏磐梯分署設置 |
| 昭和47年 |
○老人医療費無料化実施 ○村敬老年金支給開始 ○誘致工場(千葉製作所)操業開始 ○商工会発足(7月24日) ○国営雄国山麓地区総合農地開発事業着工 ○早稲沢開拓パイロット事業竣工 ○有料道路〝レークライン〟開通 |
| 昭和48年 |
○有料道路〝西吾妻スカイバレーライン〟開通 ○渡部亘氏勲4等瑞宝章受賞 ○会津北部大規模土地改良事業着手 ○オリオン桧原工場操業開始 ○乳幼児の医療費無料化実施 ○家庭用ゴミ収集開始 |
| 昭和49年 |
○豪雪対策本部設置(1月21日) 昭和48年12月よりの降積雪は昭和49年にはますますその様相がはげしく豪雪状態となった。 滝の原・長峯・小野川の3集落では積雪が4.3mを超え、孤立状態となった。 ○村長に鈴木格氏再選(4月16日) ○裏磐梯小学校特別教室増築 ○克雪管理センター竣工
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| 昭和50年 |
○村議会議員選挙(4月27日) 議員定数16人より2人減少し、14の議席をめぐって激戦が展開された。 ○早稲沢生活改善センター新築 ○総合体育グランド(昭和50年)及び村民体育館(昭和51年)建設
○峰越連絡林道大塩峠線開通 ○主要地方道喜多方北塩原線(北山~大塩間)改良舗装工事竣工 |
| 昭和51年 |
○桧原・裏磐梯診療所県より村に移管 ○大竹作摩氏死去
元福島県知事、元衆議院議員大竹作摩氏は7月16日80余年の生涯をとじられ、7月24日北山小学校に於いてしめやかに県・村合同葬が行われた。氏は昭和2年8月耶麻郡北山村議会議員に就任以来、同村外2ケ村組合長、福島県議会議員並びに同県議会議長及び福島県知事を歴任し、福島県政の振興発展に貢献、更に昭和35年11月より昭和38年10月まで衆議院議員をして国政に参画し、地方行政委員として地方行政の振興に尽力された。 ○戦後2番目の冷害 この年6月中旬から10月中旬まで異常低温が続き、被害は水稲117百万円、野菜85百万円、工芸作物4百万円、計206百万円に達した。 |
| 昭和52年 |
○桧原児童館開設 ○小林勇蔵氏勲5等瑞宝章受賞(11月3日) ○第2期山村振興計画樹立 ○川前橋橋梁整備工事竣工 ○桧原小中学校新築
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| 昭和53年 |
○村長に鈴木格氏三選(4月16日) ○役場庁舎、コミュニティーセンター新築工事着工 役場庁舎が老朽手狭になったため、又コミュニティを通して村民の連帯の輪を広げ、更には行政と村民の一体化をめざし7月19日着工、翌年10月31日竣工。11月10日より新庁舎にて業務が開始された。
○桧原小中学校へき地集会室新築 |
| 昭和54年 |
○村議会議員選挙(4月22日) ○裏磐梯支所設置 観光を中心とする行政需要の増加に対応するため、従来の裏磐梯出張所を支所にあらため、行政サービスの強化充実を図られた。
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| 昭和55年 |
○機構改革 前年設置された行政機構改革審議会の答申を受け、1月1日付で機構改革が実施された。 ○豪雪対策本部設置 2月初旬に降り続いた大雪は近年にない稀に見る豪雪となり、北山大塩間の路線バスが運行をとりやめるなど村民生活に大きな支障を来たした。村では2月6日から徹夜で除雪・排雪作業を行い、2月8日には大塩までバス路線が確保された。 ○新田・滝の原(桧原)地区給水開始 ○県営農道改良工事桧原大川入線着手 ○北塩原村消防団表彰旗授与(2月12日) ○農業災害対策本部設置(8月5日) ○新過疎法制定による地域指定(4月1日) ○冬期孤立集落機能維持施設新築 |
| 昭和56年 |
○北山小学校校舎新築
○県道桧原湖線開通 昭和41年6月奥産道路の指定を受け翌42年工事着工。以来15年の歳月と15億円の費用を投入して完成、8月28日に開通式が行われた。本道路は長峯集落住民の生活利便をはかるとともに、観光のメッカ磐梯高原に桧原湖周遊道路という新しい魅力が加わった。 ○第1回高齢者ゲートボール大会 |
| 昭和57年 |
○村長に鈴木格氏四選 ○遠藤千代喜氏勲6等瑞宝章受賞(4月29日) ○第1回桧原湖一週ファミリーサイクリング大会(5月30日) 前年県道桧原湖線が開通したのを記念して、若草萌える裏磐梯に新しいイベントが誕生。 ○高松宮御夫婦御来村 天鏡閣落成式に出席されるため、10月14日福島においでになられた高松宮御夫婦は裏磐梯に立ち寄られ、鈴木村長の案内で五色沼自然教室や毘沙門沼を探勝されました。 ○北山小学校屋内運動場新築 ○新農業構造改善事業始まる 自然活用型(桧原地区)は3月1日、一般型(北山・大塩地区)は6月22日、それぞれ認定を受け総額約8億円の事業が着手された。 ○早稲沢地区に温泉 前年6月に開始されたボーリング工事は本年12月に700mに達し、湯脈につきあたったもの。 |
| 昭和58年 |
○老人保健法施行(2月1日) ○村議会議員選挙(4月22日) ○第1回裏磐梯クロスカントリースキー大会 雪国の活性化を目指して、3月20日早春の磐梯高原でクロスカントリースキー大会が開かれ、全国から800人が参加。冬期観光対策の大きなイベントとして定着した。 ○幹線林道大窪線開通(7月22日) 大塩(大久保)高山植物が咲き誇る国指定天然記念物雄国沼とを結ぶ幹線林道大窪線が完成。 ○第1回村内小学校体育祭 ○下川前地区給水開始-村の水道普及率90.7%に ○大塩小学校校舎新築
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| 昭和59年 |
○北塩原村役場庁舎・コミュニティセンター県建築文化賞特別賞受賞(2月27日) ○北塩原村振興計画策定 目標年次は平成5年度で”魅力ある豊かで明るい村づくり”をスローガンに21世紀に向けて離陸。 ○自然環境活用センター竣工
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| 昭和60年 |
○第9代村長に安部耕吉氏(4月7日) 投票率94.53% 有権者数2,816人 ○第一回桧原湖祭(8月14日) 磐梯山噴火の殉難者と湖底の故郷に眠る先人の鎮魂を願う。 ○第一回村民ふれあい大運動祭(9月16日) 大塩小学校グラウンドにおいて村民相互の融和と親睦を深め健康増進と明るい村づくりのため実施。
○秋の叙勲受賞(11月3日) 山本茂氏勲六等単光旭日章 ○村民憲章制定(12月23日) |
| 昭和61年 |
○春の叙勲3名受賞(4月29日) 勲五等瑞宝章 斎藤正夫氏 勲六等単光旭日章 小椋周吉氏 勲七等瑞宝章 二瓶盛久氏 ○浩宮殿下裏磐梯へ(9月27日) 福島市で行われた天皇、皇后賜杯全日本軟式庭球総合選手杯大会出席のち裏磐梯の五色沼を御見学。 ○第1回北塩原村健康まつり(12月7日) ○猫魔スキー場オープン 第3セクター(裏磐梯高原開発公社)により施行され冬期観光が一層促進され、村の活性化につながる。
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昭和62年 |
○北塩原村第1中学校開校(4月1日) 北山、大塩中学校が統合され全校生徒85名で新スタート。 ○村議会議員選挙(4月26日) 現職9人、新人5人計14名の議員誕生 投票率97.03% ○第37回合同植樹祭 出席者350名にて耶麻地方、喜多方市、合同による記念樹、サルスベリ、オオヤマザクラ、ナナカマド等を北塩原村立第1中学校に植樹した。
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| 昭和63年 |
○春の叙勲2名受賞 勲五等瑞宝章 千葉善清氏(4月29日) 勲六等瑞宝章 山本重夫氏(5月19日) ○リゾート法による基本構想承認受ける デコ平、大府平の2地区が重点整備地区として指定される。 ○磐梯山噴火百周年(7月15日) 明治21年7月15日午前7時45分に大爆発をおこし犠牲者は234名に達した。 ○北塩原村ほう賞授与式と建設工事総合竣工式(11月7日) 北塩原村立第1中学校屋内体育館にて約500名参加。 ほう賞授与式では96名の表彰のち昭和59年10月11日~昭和63年9月30日までの総合竣工式が行われた。
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| 平成元年 |
○村長に安部耕吉氏(3月26日) 投票率93.69% 有権者数2,789人 ○知事来村(5月18日) 佐藤栄佐久知事はアスパラ栽培視察のため北山地区を訪れた。 ○台風13号猛威をふるう(8月5日~7日) 吾妻山の雨量は433ミリメートルに達し、秋元湖は危険水位を越し緊急避難命令発令。秋元集落59人滞在者140人千貫集落56人川上集落21人計276人が非難する。死者ケガ人なし。公共施設、農作物など被害総額156,000千円となる。 ○ひばらビューライン開通(9月18日) 主要地方道喜多方北塩原線大塩バイパスは13年の歳月と47億円をかけ念願の裏磐梯と大塩間の生活道路が結ばれた。
○秋の叙勲受賞(11月3日) 勲五等瑞宝章 千葉新彌氏 |
| 平成2年 |
○農業振興地域整備計画変更(3月8日) ○裏磐梯で朝市開始(8月11日) 地域農業の振興と観光振興の一助として毎週土曜日開催。 ○災害復旧工事終る 台風13号による被害の受けた河川道路合わせて10ケ所の復旧工事は年度末までに完成、その復旧費は69,000千円となる。 |
| 平成3年 |
○村議会議員選挙(4月21日) 現職9人新人5人計14名の議員誕生 投票率96.51% ○秋篠宮殿下来村(8月9日) 福島市で開催された第25回全日本高校馬術大会に出席された後高原ホテルに宿泊され五色沼を御見学。
○第1回北塩原村子供の主張大会(8月30日) 村内の小、中学校による意見発表が北山小学校で行われた・参加者200名。 ○北塩原村開発指導要綱施行(10月1日) ○桧原鉱山大直坑内通路取明工事完成(3月26日) ふるさと創生事業の一環として平成元年より始まる。 |
| 平成4年 |
○役場の窓口業務の一部オンライン化(4月1日) ○四極通商サミット本村で開催(4月24日~26日) 日本、米国、カナダ欧州共同体の通商相当大臣の会合が裏磐梯ロイヤルホテルを会場に開催。 ○現職村長安部耕吉氏が急逝(7月20日) ○第50回の国民体育大会の炬火採火地に選定される(7月28日) 裏磐梯銅沼 ○第11代村長に高橋伝氏(9月6日) 安部耕吉村長の死去に伴う村長選で三つどもえ戦を展開、投票率96.45% 有権者数2,842人。 ○裏磐梯地区の下水道整備事業始まる(10月) ○ふくしま駅伝初出場(11月22日) 第4回ふくしま駅伝大会に初出場する。白河~福島間14区間101km完走、記録は6時間21分40秒で総合順位86位。
○村民の海外研修始まる(11月24日~30日) 国際的感覚を養い地域リーダーとしての人材育成を目的としてヨーロッパ諸国へ総勢15名派遣。 ○ホテル&グランデコスキーリゾートオープン(12月18日) 会津フレッシュリゾート構想の重点整備地区の1つとして、平成3年7月より進められていたデコ平の開発事業が竣工。 ○叙勲受賞 目黒善平氏 勲六等瑞宝章受賞(12月20日) |
| 平成5年 |
○北塩原村生涯学習振興計画策定(3月19日) ○北塩原村ほう賞授与式と建設工事総合竣工式(3月19日) 北塩原村活性化センターにおいてほう賞授与式では82名に表彰授与。建設工事では、昭和63年10月1日~平成4年12月31日までの総合竣工式が行われた。 ○第1回村民スキー大会(3月28日) ○第二次総合振興計画スタート(4月1日) ○裏磐梯地区下水道事業の補助率アップ 平成5年度より湖沼水質保全緊急下水道事業として県より特別に補助率アップの支援を受ける。 ○春の叙勲受賞(4月29日) 勲五等瑞宝章受賞 佐藤久幸氏 ○北塩原村振興公社設立(6月25日) 村の産業に寄与する目的で村、農協、商工会出資による設立。 ○知事来村(10月21日) 佐藤栄佐久知事は緊急河川整備事業(堆砂除去)三の森川の調査のため現地視察された。 ○異常気象により農作物に大被害発生 村では5月~10月にかけての異常低温により稲作作況指数が71と戦後最悪となる。
○小野川地区の下水道整備事業始まる ○北塩原村の環境を良くする条例制定(12月22日) |
| 平成6年 |
○知事来村(2月24日) 佐藤栄佐久知事は村内の道路事情、除雪状況、下水道整備状況などについて視察された。 ○桧原小学校早稲沢分校閉校(3月23日) 開校以来50年近い歴史をきざみこの間約300名近い有能な卒業生を送り出す。 ○桧原地区に定期路線バス運行(4月1日) 昭和62年以来廃止となっていた磐梯高原休暇村~桧原間が1日6往復運行開始。
○ふれあいトンネル、橋りょう整備事業に選定(9月2日) 桧原3号橋が建設省より選定され(全国62ケ所)早期完成が計られる。 ○あいづ地方拠点都市地域に指定される(9月13日) ○史上2番目の大豊作 平成5年から一転し、温暖な気候が続き稲作は大豊作、作況指数114と上がる。 ○早稲沢地区の下水道整備事業始まる(10月) |

























